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そばつかの起源

  • 執筆者の写真: Masanao Suzuki
    Masanao Suzuki
  • 3 時間前
  • 読了時間: 2分

笛吹市御坂町にある「蕎麦塚(そばづか)」という地名の起源については、江戸時代に編纂された甲斐国の総合地誌『甲斐国志』などに記述が残されています。

​結論から言うと、植物の「ソバ(蕎麦)」が直接の由来ではなく、地形の特徴(山の険しさや傾斜)から名付けられたとする説が有力です。

​起源や由来のポイントは以下の通りです。



​1. 『甲斐国志』にみる地名の由来


​江戸時代後期(文化11年/1814年完成)の『甲斐国志』のなかで、当時は「蕎麦塚村」あるいは「蕎塚(そばづか)村」と呼ばれていたこの地域について、以下のような記録(村鑑明細帳)が引用されています。


「山の阻(そ)なるべし」 ここでの「阻(そ)」とは、険しい、あるいは傾斜があるという意味です。蕎麦塚周辺は甲府盆地の東側に位置し、御坂山地から続く標高差のある扇状地(傾斜地)となっています。この「山が険しく遮られている場所」「傾斜地」**という意味の言葉が転じて、「蕎麦(そば)」という漢字が当てられたと考えられています。



​2. 「ソバ」という古語の地形的意味


​地名学において、「ソバ」や「そば」という音は、植物の蕎麦以外に以下のような地形を表す古語・方言として使われるケースが全国に多く存在します。


「側・岨(そば)」:崖(がけ)や急傾斜地、山の端、切り立った場所。


「塚(つか)」:こんもりと盛り上がった場所や、古墳、土手など。

​つまり、地理的に**「山の急傾斜地(あるいは崖の側)にある、小高くなった場所(塚)」を指す言葉が、のちに「蕎麦塚」という文字に集約されていったという背景があります。

​かつては「錦生(にしきお)村」の大字となり、昭和の合併で「御坂町蕎麦塚」、そして現在の「笛吹市御坂町蕎麦塚」へと地名が受け継がれています。文字通りに解釈すると食べ物の蕎麦を連想させますが、そのルーツは御坂の豊かな山がちな地形に由来していると言えます。

 
 
 

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